「そろそろ食事のリハビリを始めようか」
ドクターが言った。
「リハビリ?」
「当たり前じゃないか。いままで何も食べてない状態だったんだから。急にものを食べると胃が拒否反応をおこすよ。」
どこかの古城風の建物の一室。
ベッドにに座るクリードと傍らに立つドクター。
「そんなことはない」と反論するクリードに用意したように…実際用意したのだろう…ドクターは延々と諭す。
医学知識を根拠に出されると、クリードはしぶしぶ降参した。
ドクターは部屋から出た。
とりあえずプランを頭の中で組み立てる。
が、大変なことにひとつ気付いた。
僕は医学知識はあるが、料理知識は無い。
とりあえず調べよう。
元持ち主の趣味だろうか、この別荘には図書館が有り、本には不自由しなかった。
ドクターは図書室に向かった。
「料理するんですか〜?」
「まぁね。」
キョウコの言葉にドクターは答えた。
しかし頭は別のことを考えている。
ルナフォートタワーで破裂させられた内臓をヒーリングである程度回復(回復の過程で内蔵同士が癒着する可能性があったし長い間開腹させておくわけにもいかないから)させてから治療機に任せていた。
当然絶食。
意識が戻ってからお茶やスープなどは飲ませていたけど(作るのはエキドナ)
そろそろ固体系に移行させるべきだ。
しかし今日はエキドナは出払っている。
「キョウコ手伝いますよ〜☆」
「あぁ、ありがとう」
ん?
本から目を移す。
そこには破顔の女子高生がいた。
「………前言撤回させてもらうよ。粥でも買うことにする。」
「え〜!作りましょうよ〜!!」
次に口説き落とされたのはドクターだった。
白衣の男と女子高生の奇妙なパーティーはスーパーマーケットにいた。
籠の中にはさまざまな種類のお菓子が入っている。
「キョウコ、お菓子を買いに来たわけでは‥」
「わかってますよぉ。材料はドクターさんにおまかせです。」
ドクターは軽いため息をついた後、籠をキョウコに押しつけた。
新しい籠を取るとインスタントの粥をそこへ放り込んだ。
それを隠すように米を入れ、豆腐を手にした。
「やはり粥にしよう。粥と湯豆腐。」
そう告げるとキョウコを待たずにレジへと向かった。
クリードは自室になった部屋のベッドに寝転がり、天井を見ていた。
はっきり言って、暇だ。
こういう時はシキではないが物思いにふけってしまう。
新世界のこと、計画のこと、トレイン‥。
何を考えても結局は彼にたどり着いてしまう。
クロノス時代のこと、クロノスを抜けたと聞いた時のこと、そして先日のこと。
虎徹を取ろうとして、遠く離れた壁に下げられていることに気付く。
このアジトに移って来た時は別の部屋が自室だった。
その時も「絶対安静」と宣告され、物思いに耽ることぐらいしか、本当にすることがなかった。
すると思いはトレインに行き着く。
あまりにも暇なので虎徹を取り出し、見えない刃で天井に『TRAIN』と刻んでみた。
二回三回と切り込むと思考は停止し、一心不乱に刻みだす。
気付いた時にはどれがTだかRだかわからなくなっていた。
これが何日か続いた結果、雨漏りが起きた。
クリードは部屋を代えられ、虎徹は手の届かないところにかけられた。
「自室になった」と表記したのは、このためである。
そしてクリードの思いは避けようとしていたところにぶちあたらざるを得なくなった。
トレインを堕落させた女
ミナツキ サヤ
トレインの持っていた、誰にも近寄らせない雰囲気を消し去り、腑抜けにしてしまったあの魔女である。
殺したのに怒りが沸々と沸き上がってくる。
殺しても殺したりない。
大声で叫びたくなったが、やめた。
エキドナ辺りが駆け付けそうだからだ。
有能な部下だがこういう時はうざい。
心配されるほど弱くない。
上体を起こすと、ドクターとキョウコが帰ってくるのが窓から見えた。
粥を煮る作業の失敗を考えてとりあえず三合炊くことにした。
「このカップですりきり三杯だ。」
「すりきりってなんですか〜?」
「………」
ザラザラザラ‥
「これを炊飯器に入れるんですね!」
「米を入れる音しか聞こえなかったのは気のせいかい?」
「ふぇ?」
案の定釜の中は米だけであった。
「米は洗っていれるものだよι」
「洗うんですね?わっかりました〜♪」
キョウコはおもむろに洗剤を取った。
「待ちたまえ!」
ドクターは止めようとしたが時既に遅し。
緑の液体は釜の中へ投入されていた‥。
とにかく洗い方を教えるドクター。
水ONLYで洗うキョウコ。
三回ほど水を掻き、捨てる。
ザラザラザラ‥
「あー!米がー!!」
洗った米がキョウコの指をくぐって流れていく。
「これ、いつになったら透明になるんですか?」
「ならないよ‥て釜から湯気が出ているのは僕の目の錯覚かい?」
全然水が透明にならないことに苛立ったキョウコは知らず知らずのうちに道を発動させていたのである。
「生米を茹でてどうするんだい‥」
スーパーの袋で待機しているレトルト粥の出番が着々と近づきつつある。
米が炊けた。
粥の出番が一歩退いた。
片手鍋に米と水を入れて煮る。
「え〜と、米100gにつき、水は‥」
計量カップで水の分量を測りだすドクター。
「そんなの適当でいいじゃないですか!」
「馬鹿なことを言わないでくれ。分量を守ることが大事なんだ。化学と一緒だよ。」
「そぉですかー?」
「キョウコの道ならガスいらずですよぉ〜!」
「遠慮するよ(爆発させそうだからね)」
火にかける。
「後はこのまま煮るだけだね。」
ぐつぐつぐつぐつ…
「ドクターさん。」
「なんだい?」
「卵とか入れないんですか?」
「ああ忘れてたよ。」
冷蔵庫から卵を取り出す。
カンカン‥
ひびは入れども白身がにじみ出ない。
むしろこれは
「ゆで卵じゃないか。」
誰が作ったのやら。
気をとり直して生卵を割り、鍋に入れかきまぜる。のだが。
「…」
「どうしたんですか?」
「殻が入ってしまった!なんてことだ!これじゃ完璧じゃない!」
「完璧って、別に殻ぐらいいいじゃないですか〜。」
ドクターさんが食べるわけじゃないし。と無責任な言葉を付け加える。
「いや、ここまできて欠陥は許されない。」
「殻ぐらい許してくれますよぉ〜」
「僕が許せないんだ!」
妙なところでA型気質を発揮させるドクター。
また作り直し。
釜の米が減った。
そして水を寸分違わず量るところまで戻る。
*卵は溶いてから入れましょう。
「できた。」
「できましたねー☆」
といっても卵粥。
米を炊いて
煮て
溶き卵を入れて
煮て
塩を入れる
作業はこれだけである。
「というわけで召し上がれ☆」
キョウコが満面の笑みで粥をクリードに差し出す。
「…あ‥あぁ‥」
キョウコが関わっていることに流石のクリードも少したじろぐ。
いつもならば「熱いなら私がフーフーして冷ましてあげますよぉ〜♪」とか言いそうなキョウコも、いつキレるかわからないクリードが相手ではおとなしい。
ドクターはこの様子を見て内心、いや、普通に微笑んでいた。
「……………」
粥を一口含んだままクリードの動きが止まった。
口を手でおさえ、
「‥‥あまい。」
の一言。
「ま、まさか…」
ドクターが頭からだんだん白くなっていく。
「砂糖と塩間違えちゃったんですか?」
キョウコが信じられないという顔をする。
真っ白になったドクターにひびが入る。
そう、塩を振り掛けたのはドクターなのである。
ガラガラとドクターが崩れていく様を二人は驚いた顔で見ていた‥。
数日後…
「いつまでひきこもってるつもりなんだ!」
「そんな簡単なミスで落ち込まないでくださいよぉー!」
ドクターの部屋の前で説得する二人がいた。
「僕としたことがこんな凡ミスを…
研究者失格だ…
はあぁ…」
その後、「まだ豆腐が残ってますよぉ〜」の言葉に挽回のチャンスを見出だし、出てくるのであった。
Fin
ドキドキクッキングだからといって
ドクター×キョウコクッキングではありません。
…ドクターがキョウコを料理するのかぁ。
いいかも(ヲイ)
ただ単に壊れかけのクリード君を書きたかっただけだったり。
ラストのネタはぶっつけで作ったんですが、ドクターを説得する二人が絵的にいいかも。
作成日:2005.09.27
金籠収録:2009.07.26