「長官殿!!助力をお願いします!!!」
情報局長官室にアポもノックも無く飛び込んできた男は、入るなり土下座をし、叫んだ。
助力を願い出ているのはゴッズドアに居を構える一組の夫婦。飛び込んできた男は彼らの使用魔である。
デーモン一族の中でも指折りの有力者であった。
情報局長官とは、デーモン一族の炎派という同族関係の他、友人関係でもあった。
お互い多忙であるため、さすがにしょっちゅうあってはないが、彼らの間に子が生まれた時はその祝いにも行っていた。
ゴッズドアの開発に従事している彼らが助力を願い出ることは今までまったくなかった。
しかし長官には何が起きたのかなんとなくわかっていた。
祝いの日、彼らに一つ頼まれごとをされた。
「この子が大きくなったとき、きっと私たちの様になるだろう。」
友人はそう切り出した。
彼の妻は赤子を腕に抱き、彼によりそいながらも不安そうな顔をこちらに向けていた。
情報局長官とこの夫婦にはまだ大きな共通点があった。
三人は幼いころよりとてつもなく強大な魔力を持っていた。
幼いゆえに使いこなせず、自身の力にただただ振り回された。
「もしも私たちの手に負えなかったら、君に託してもいいかな?」
ためらいがちに提案された。
「同じ経験を持つ同士だ。任せろ。」
二つ返事で返した。
彼らの予測は90%本気だった。
10%は何事も起きないというつたない希望。
彼らの提案は90%冗談だった。
10%は見えない未来への不安。
「留守を頼む。」
副官へ簡潔に伝言を伝えると、長官はいまだ土下座をしている男を連れ、ゴッズドアへと飛んだ。
夫妻の住む豪邸内を、使用魔の案内で走り抜ける。
奥にある部屋のなかには幾層にも重ねられた球形の結界が張られていた。
結界は水・土・砂で構成されているが、一番奥の結界は炎だった。夫妻の作り出した結界だ。
厳重な結界の中心にいるのは、まだあどけない少年であった。
穏やかな表情で、眠っているかの様だったが、額には第三の眼が開き、そこから魔力が噴き出していた。
ここへ来る間に使用魔から説明は聞いていた。
今朝、夫妻のひとり息子が熱とだるさを訴えた。
夫妻は病気かと思いベッドで養生させ医者を呼んだ。
医者はもしかすると病気ではないかもしれないと診断。
魔力の増幅が著しいためにもしやと思い数名の魔術師に伝令を遣わせた。
そうこうしているうちに息子の邪眼が開いてしまい今に至る。
邪眼は単なる第三の眼ではない。
開くことで更に多くの魔力を引き出し、扱うことができる。
と同時にその制御は生半可なものではない。
もともと邪眼は生まれた頃には存在しない。成長するにつれて魔力が溜まり、形成されていくものだ。
人間でいう思春期のころに形成は完了され、ある日不意に現れる。と同時に溜められていた分の魔力が邪眼から持ち主へと移行される。
彼らはそういう種族だった。
しかし結界の中の少年の容姿は思春期とは遠すぎた。
邪眼の形成も不完全で、硝子体が透けた真っ赤な眼だった。
少年を囲む何層もの結界の作成者は腕ききの魔術師達。
そして彼の両親。
信じられないことに十数人で押さえ込むのがやっとであった。
意識を集中させ、結界の上にさらに結界を重ねる。
「約束、覚えてる?」
長官が張った結界のおかげで少々余裕ができたのか、夫がメッセージを送った。
「だから来たんだよ。」
ちらりと下の眼で友人を見やりメッセージを返すと、彼も下の目線をこちらに送り返した。
第三の眼はお互い少年に向けたまま。
「まさかこんなに強いとは思ってなかった。」
「同感だ。」
軽口を叩きつつも真剣に結界を操作する。
「封印、します。」
友人はそうメッセージを送った。同時に彼の体が熱されたガラスのように透き通った。
一層目の炎の結界が少年の体へと溶け込んでいく。
友人の妻も彼と同じように光り、二層目の炎の結界を少年の中に溶け込ませる。
そして三層目の風の結界、四層目の土の結界と次々に結界が小さな体へと流れ込んでいった。
最後に長官が張った結界を入れ、封印は完成した。魔術師達は皆膝を付き、夫妻と少年は倒れこんだ。
使用魔が慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「大丈夫か?」
肩で息をしながらも尋ねる。
「…なんとか」
掠れた声だが返事が返ってきたことに安堵する。
「よかった…」
我が子を腕に抱き、封印がうまくいったことに母親は呟きと笑みをこぼした。
その日は魔術師ともども夫妻の家にお世話になった。
翌日には情報局に戻ったが、その数日後に彼は再び夫妻を尋ねた。
「息子のこと、頼んだよ。」
「おう、頼まれた。」
「こんなに早く別れが来るとは…。」
「一生の別れじゃねぇんだから、そんな陰気な顔すんなよ。」
長官は夫妻の息子を預かることになった。
都会化が激しいとは言えゴッズドアは開発途中であり、もし何かが起きたときの適切な対処に関してはやはり中央区にはかなわない。
開発の指揮を執っている夫妻はそこを離れることはできず、そう決断を下した。
子供を預かることに長官は少なからず責任を感じていたが、中央区の人脈をたよれば魔力のことはなんとかなるだろうと感じていた。
適切な時期に封印を解いて邪眼を目覚めさせなければならないのだが、万が一暴走するようなことがあったら、顔なじみのあの魔女に押し付ければいいのだ。
彼女ならきっと嬉々として手伝ってくれるだろう。
そんなことを考えているうちに、母親が息子を連れてきた。
「よろしくお願いします。」
「おう。任せとけ。」
にっこりと笑って返事をする。
ぐい、と肩を引っ張られ、姿勢を傾ける。
母親は白い面を長官に近づけ、こう言った。
「魔力については本当は心配してないんです。それよりも約束して欲しいことが。」
「何だ??」
「色男に育ててくださいね。」
「俺に弟子入りすんだから当然じゃねーか。」
三人で大笑いした。
そろそろ専用車の運転手がしびれをきらしていることだろう。
少年に呼びかける。
「ぼうず、行くか。」
「おっさん、俺はぼうずじゃない。ちゃんとエースって呼べ。」
子供らしく反論する彼に長官は破顔した。
「威勢のいいこった。」
やっと長官小説がでけた!!
サーチ・エンジンに「A」で登録してるのに長官小説が無いんだもの。(A宗という意思表示の意味ですがね)
でもさ、これ主人公長官ちゃうやん。長官の前の情報局長官の話やん。
Xenon_Birthと位置づけは一緒。とにかく長官小説には違いない(ヲイ)
made:D.C.9(2007).10.21