「ゼノン!ゼノン!」
ゼノンはいつものごとく留守番を頼まれ、局長室にいたのだが、そこへ慌てた様子で文化局長が入ってきた

「どうしたんですか?」
「ちょっと、お願い!」
「え?うわゎ!」
いきなり赤ん坊を手渡されてゼノンは焦る

「この子は!?」
「雷帝の子!」
一言で答えを返し、局長はデスクからペンタグラムやアミュレットなどなの魔道具を取り出しては鞄に詰めている
「ええぇぇっ!?なんで雷神界の皇太子がここに!?」
「預かってるの。ダリアが病気だからしばらく面倒みてて!」
必要最低限の言葉を告げると、ぱんぱんに膨らんだ鞄を片手に師匠は飛び出していった

「預かって…って言われても…」
ゼノンは赤ん坊を見下ろした
人間のような容姿をしているがその体色は緑がかっており、赤子なのに並々ならぬ魔力を感じる
それとは対照的に赤ん坊の幼い体は簡単に壊れてしまいそうだ
彼は初めて見るゼノンをきょとんとした瞳で見つめていた




「今日の課題、終、わ、り…っと」
エースはノートに今日の日付を書き、思いっきり背伸びをした
デスクの上には整理された情報の山がある
情報局長官の弟子である彼は情報局員が受ける訓練を日課としていた
狙ったようなタイミングで部屋の電話が鳴る
「はい、こちらエースです」
「文化局のゼノン様からお電話です」
交換手の魔女がやわらかな声で伝える
情報局に所属する者は局舎に住む義務があり、その電話はすべて交換手が繋ぐことになっている
「大丈夫です、替わってください」
一体何の用だろう?
そう思っていると、電話の向こうからゼノンの叫びが聞こえた

「たすけてーーー!」

次いで爆発音が聞こえ、電話は途切れてしまった
「なんなんだよっ!」
とりあえずエースは文化局に行くために局の厩へと降りた
以前約束に遅れそうだったために飛んだところ、制御不能の火の玉となりグラウンドに突っ込んだことを思い出し、乗り物を使うことにした
彼の持つ強大な魔力は今もなお封印とイヤリング型の制御装置によって抑えられているが、それでも完全に扱うことは難しいのだ
火の玉で文化局に突っ込んではさすがにテロである
小型の竜を一頭出すとそれに跨がり、文化局まで走った




文化局に着くと、そこはそこで大騒ぎのようであった
悪魔の森側に温室があり、そのためにエントランスは狭めに作られている
温室の外から防護壁が幾重にも張られており、そのために何が起きているかはわからないが職員がひっきりなしに出入りし、たまに空気の振動が伝わってくる

受付の悪魔はそれでもいつもどおりの顔をしていた
「ゼノンは?」
と聞くと
「局長室」
と最小限の答えが返ってきた
エレベーターの方へ向かおうとすると
「魔動式、ダリア、魔力、獲る。飛ぶ、おすすめ」
と止められた

文化局は最上階まで吹き抜けになっているのが特徴である
しかしエースはほいほいと飛ぶわけにはいかず、またゼノンが大変そうだということを伝えると受付の悪魔は
「バーバリアン、呼ぶ」
と言いベルを鳴らした
するとエレベーターの影から屈強な肉体の男たちが現れ、彼らはエレベーターの入り口をエントランス中央まで運びだした
「中、入る」
「え、入るの?」
半ば押しこめられるようにエースはエレベーターの中に入った
取り外されたエレベーターは天井がなく、その四隅には壁を登る紐があった

「皆、持ったか?」
「うぃーっす!」
外からこんな話し声がする

まさか
エースは不吉な予感を感じた

「1、2、3、ダーッで行くぞ!」
「うぃーっす!」

まさか
不吉な予感が再びよぎる
しかしそれは先ほどよりも濃く、変な汗がにじみ出る

「1」
テレビのバラエティー番組で見たような光景が脳裏に浮かぶ

「2」
むしろそれはサーカスで見たような気がする

「3」
数秒後の光景が生々しく浮かび、早鐘を打つ心臓が更に早くなる

「ダーッ!」
押さえ付けられるような重力を全身に感じ、エースは空中へと発射された


「うわああぁぁあぁああぁぁっっっ!!!!!!!」
情けない悲鳴をあげながら、エースは局長室へと突っ込んだ





続く






・エレベーターバーバリアン(幻想水滸伝より)
エレベーターを手動で持ち上げて稼動させるマッチョな生き物
D.C.11(2009).07.26