沼があった。
夕焼けに染まる沼。
そこに一匹のがまが現れた。
沼の主とも言える巨大な捕食者は、獲物を探して上を見上げた。
被食者である蜻蛉が空を泳ぎその向こうには、紅い夕焼け空が広がっている。
がまは身動きをせず上を見上げていた。
何者かがその背後に現れる。
肉体を持たない精神だけの存在。
それはがまにとって驚異ではなかった。
「何か、考えているのか?」
精神体が問う。

考える?
考えるとは、何だ?
何かを思考したのは初めてであった。
いったん思考を始めると、次から次へと”気持ち”が現れる。
もちろんがまは言葉を知らない。
概念が頭をよぎる。

「空を、見ていた。とんぼも。見たら動けなくなった。」
「それは美しいからだ。」
精神体はがまの言葉に応えを返す。

美しい

がまはその概念を反芻する。

美しい
美しい
美しい


「そうだ。美しい。我々はそれを守らねばならん。」
守る?

問う前に精神体は消えた。


残されたがまは概念を反芻する。

美しい
守る
美しい
守る
美しい
守る
美しい
守る
美しい
守る
美しい
守る


再び空を見上げる。
空を飛ぶ蜻蛉はもう、餌ではなかった。

美しい
美しい
美しい
美しい
美しい




思考を獲得した。
美を知った。
がまは、ただのがまではなくなっていた。
























「ちょっと、待ってください!」
20世紀の末、大陸の端に並ぶ列島の首都にあるひとつの大学。

「ん?俺?」
呼びかけられて金髪の小柄な男は振り返った。
金髪=不良というこの時代において男の眼は荒んだ影など無かった。

「お久しぶりです。」
と容姿も服装も地味な青年が頭を下げる。
二人は対照的でまるで異次元が邂逅したかのようだった。

「あなたがあの時言った言葉が、ヒトに生まれて解りました。」
金髪の男の目が少し開かれる。
「あぁ、あのときの。」
「そうです。もし私にできることがあれば、何でも言ってください。私も守りたいです。」

「吾輩が何者か解っているのだろうな?」
口の端をあげて、金髪の男は人の悪い笑い方をした。
視る者が視れば、彼が禍々しき者ということは解っただろう。
「解ります。なんとなくですが」
黒髪の男はそれをものともせず笑った。
彼が全てに対して禍々しい者で無いことは、あのときから知っていた。

「よかろう。何かあったら、頼む。」
笑って金髪の男は去った。




悪魔の計画に妖怪が加わるのはずっと後のことになる。






久々に表の小説を書きました。
松崎様中心の話なんてどこ探してもきっと無いと思います(笑)
ずっと前からこのエピソードを書こう、書こうと思っていたのですが、やっと書けた……!
忍者の格好→ガマにしてしまいました…ゴメンナサイ。

タイトルがXenon、Zod、Aceと来ておきながら日本語で「夕焼け」です。
名前を出すと誰かバレてしまうし、「夕焼け」は英語よりも日本語の表現がいいですよね。

D.C.10(2008).10.31