河原。
街から少し離れた河川を一人の生徒と教師が歩いていく。
不恰好な岩が転がる上を生徒は軽々と進んでいく。
教師はゆっくりと歩きながらその様子を見守っているようであった。
しばらくの間生徒は歩き続け、手ごろな岩の上に腰を下ろした。
遅れて教師も隣に腰を下ろす。
しばらくせせらぎを眺めていたが、生徒は岩の上にゆっくりと背を下ろした。
「先生…ちょっといいですか?」
自主参加の補習授業の後、教師・石川は生徒・清水に呼び出された。
清水は学校を出て街とは反対方向へ歩いていく。誘った本人は何も言わず、たまに石川が付いて来ているか振り返る。
石川も彼の行動を不審に思うものの、何も聞かずただ付いて行く。
そうしたらこんなところまで来てしまったのだ。
空を見上げる清水の顔は何かを考えているようで、石川はここへ呼び出した理由を聞くのをやめて岩の上に寝そべった。
何分たったろうか…石川の意識がせせらぎの中に溶け込みそうになったころに清水が起き上がった。
視線は河に向けたまま、
「…先生………キスしたこと、ありますか…?」
低い声で問いかけた。
教師は何を思ったか舌を出し、ベロベロと動かした。
清水は石川の方を見たが、石川の行動を見るなり再び顔を背けてしまった。
「…………」
ふざけすぎたかな?と反省しつつ、石川は上体を起こし座りなおす。
「……それを聞きにここまで連れ出したの?」
沈黙する清水に尋ねた。
「………」
清水は顔を背けたまま黙り込んでいる。
誰かに恋をしているのだろうと合点し、石川はほほえましい気持ちで
空を見上げた。
(青春だね〜)と感嘆。
清水に視線を戻し、
「誰かを思う気持ちがあるなら、行動しないと損だよ?」
そう語りかけた。
清水が不意に振り返る。
気付いた頃には石川の眼のすぐ前に、清水の眼があった。
唇の柔らかな感触に気付いた時には清水の顔は離れていた。
「俺はっ、」
清水の顔がみるみる紅潮していく。
「先生が」
搾り出すように叫ぶ。
「好きなんですっ!!」
言い終わるや否や清水は石川に背を向け、走り出した。
清水の背中が遠くなっていくのを石川は呆然と見ていた。
数秒ののち、状況を理解したのか走る清水の後を大慌てで追いかけていった。
とある年の初夏。
まだうるさくない蝉の声が何も無かったかのように響いていた。
D.C.9(2007).9.28