ジェイルの役職、「代官」とは地方政治の魔役であり、ビターバレイにおいてはその役職の必要性はない
そのため彼の仕事は政ではなく、その政を行う議員の諜報活動が主だったものであった
子ができてからも仕事は休まなかったが、デーモンが気を利かせたためにハードワークは割り当てられなかった
内閣の政治会議においてデーモンの横に座って睨みを効かせる、それが今日の仕事であった
いつもなら政治の話は真面目に聞くのだが、鉢が心配であまり意識を傾けられなかった
体は離れているとはいえ、子とは魔力で繋がっており、さらにもう一名の自分ともいえる「分体」に鉢を見晴らせているため、何かあればすぐにわかる状態だったが、それでも心配が募る
会議の半ばごろ、その不安がすっと溶けた
代わりに暖かいもので心が満たされた
彼が、来た。
ジェイルはクスリと小さく笑った
「お帰りー」
アパートに帰るとルークが出迎えてくれた
食事の支度をしていたらしく、エプロンをつけている
「せっかくだから外で食べよう?」
ベランダにはすでにテーブルが出されており、二名分の食器が上に乗っていた
その側には鉢まで出してあり、ネコ型として作り出した自身の分体は木の根元で丸くなっていた
「今日は瘴気が濃くてさ、空が綺麗だよ」
魔界の空は悪魔の森から放出される瘴気で覆われており、光はその中で屈折・反射させられるため、瘴気が濃いほど複雑な星模様が見られる
テーブルに料理を運び、ベランダに敷かれたシートに腰を降ろす
ファンシーな柄に気付き、ジェイルが
「何コレ」
と苦笑を漏らせば、
「可愛い方が喜ぶと思って」
とルークが照れを隠しながら返す
魔界では滅多にお目にかかれないポップな猫の顔に、ジェイルは笑みをこぼした
「あ」
空を見つめていたルークが呟く
「ほうき星」
ひとすじの光が空を横切っていく
「元気な子が産まれますように。元気な子が産まれますように。元気な子が産まれますように」
両手をあわせて拝むルークの姿を見てジェイルは笑った
「それ人間の習慣だろ?」
「うん、わかってはいるんだけどね、ついお願いしちゃうんだよ」
「うん、わかるよ…」
彼もまた、内心で愛方と同じことを願っていた
「実、大きくなったね」
鉢から伸びる木を見上げてルークが手を伸ばす
垂れ下がる枝の先に成る、緑のマンゴーのような実をそっとなでた
「うん、順調」
腹を撫でられているような気がして不思議と気恥ずかしさを感じる
木とは肉体的に離れているのだが、そう感じるのは自分に胎生の血が流れているからだろうかと思う
一度外した視線を戻すとルークと視線がぶつかった
二名でしばらく見つめあい、どちらからともなく口付けた
木は更に成長し、ジェイルの目線ほどにまで伸びた
実もココナッツほどの大きさになった
いよいよ木から離れたくなくなり、ジェイルは産休と称した長期休暇を取っていた
「ただいま」
以前は仕事帰りに寄っていたルークだったが、だんだん泊まる回数が増え、今では宿泊用の荷物を持ってくるようになった
「お邪魔します」から変わった挨拶に幸せを感じ、「お帰り」と笑う
軽く握った左手の、親指で薬指を撫でた
星を見た日にもらった、銀のリングをそっとなぞった
自分で書いててあまりの甘さに自分を気持ち悪く感じた。。。
D.C.12(2010).02.14