遊廓妄想〜案内〜
魔界随一の有名遊廓とあって内装もすれ違う遊魔も皆綺麗で、まるで竜宮城に来たようだった
入り口から右手に見える廊下に向かい、そこを歩いていく
辺りをキョロキョロと見回す青年の姿はおのぼりさんそのもので、えらく滑稽だったに違いない
「珍しいか?」
と隣を歩く遊魔に聞かれ、
「初めてだから…」
とつい遊廓経験を暴露してしまった
遊魔はからからと笑うと口元を不敵に吊り上げた
「それは不幸だな。ここを知ってしまったら他の遊廓、ましてや安っぽいお触りバーなぞ行けなくなるぞ」
自信に満ちた言葉と顔にはひどく説得力があった
まだこの遊廓を知らぬのに信じてしまいそうになる
「そう言えば」
不適な笑みがポンと変わる
「名前を聞いていなかったな。まず吾輩から名乗ろう。吾輩はデーモン。デーモン小暮だ。おまえは?」
「ルーク、篁です」
「ルークか。いい名だな」
デーモン、と名乗った遊魔はまた笑った
今まで見せたどの笑顔とも違う眩しい笑顔で、ルークの胸が高鳴ったのは秘密である
左へと曲がる廊下の突き当たりの手前でデーモンは止まった
つられてルークも止まる
「初めてならば案内のしがいがある」
デーモンはそう言い曲がり角を進んだ
その後をついて曲がったルークが見たものは
「遊魔たちの待機場、通称大奥だ」
まっすぐに伸びる一本の廊下だった
その両脇は座敷になっており、たくさんの(数も種族も)遊魔たちがいた
二人から向かって右の座敷の奥は襖で仕切られているが、左の座敷は障子が開けられており、庭が見える
『"通称"大奥』とは言えそこに緊張感は無く、遊魔たちは談笑をしたり銘々くつろいでいるようであった
訪問者の存在に気付き、注目が一斉に二名に集まる
「あら、かわいいお方」
ルークの前にひとりの遊魔が立った
ピンク色の柔らかそうな肌をした女だった
大きくて丸い目、小さくてぷっくりした唇といったあどけない顔に、桃のような胸の谷間を惜しむことなくさらけだしながらも下品に見えず、ルークの心の奥の何かがうずいた
「見学者だ。誘うなら後でな」
デーモンの言葉でルークの意識は現実に戻る
デーモンの言葉を聞いて遊魔たちはまた銘々の時間潰しに戻った
何人かは興味または色の視線をルークに送っていたが…
二人は廊下を進み、行き止まりにある階段を上がっていった
「ここが『遊び場』。名前の通りだ」
ここもまた、廊下が一本通っていた
一階と違うのは両脇がすべて部屋であるということだった
『遊び場』と聞いてピンとこないほどルークは幼稚ではなかったが
「どうした?目が泳いでいるぞ?」
態度に出さないようにするには手馴れていなかった
デーモンはおもしろいものを見つけたかのような笑みを見せ、それがさらにルークの羞恥を煽る
「この階の説明はこれだけだ。行くぞ」
早々に廊下を抜け、突き当たりの階段を上がっていった
その先にあったのは
「はい、アーン」
「アーン」
いちゃつく男女であった
女は遊魔で、男は金のかかっていそうな服、それに取り付けられている家門付きのみょうちきりんなアクセサリー、小太り体型から豪商のようである
造りのよい漆塗りの机と椅子が整然と並べられており、奥には座敷も見える
「…食事処?」
「その通りだ」
遊廓初心者のルークもここばかりはわかったようである
「奥は風呂場とリラクゼーションルームになっている。案内できるのはここまでだ。後は正式な従業員にならんと教えられん。一階に戻るぞ」
二名はエレベーターに乗り込んだ
一階のボタンを押して、デーモンは思い出したように言った
「案内はしたが、仕事内容については言ってなかったな」
「結局、何をするんですか?」
「簡単なことだ。綺麗な着物を着て客を待つ。お前ならすぐに常連がつくだろう」
デーモンの言葉にルークは慌てる
「ゆっ、遊魔になりに来たんじゃないんです!」
「冗談だ」
「真顔で言わないでください…」
即答され、ルークは安心と共に脱力感を覚えた
彼を尻目にデーモンは続ける
「掃除、洗濯、ごみ捨て、遊魔の小間使いといったところか。働きによってはバイトから正社員になれるぞ」
「は…はぁ」
「最初の内は掃除・洗濯だけだな。朝から夕方まで働いてもらう。飯・風呂は指定時間内ならば自由にしていい。その間も時給はカウントされる。また芸見放題、遊魔と遊び放題」
「よろしくお願いします」
深々と大げさに頭を下げるルークに、デーモンは大声で笑った
とりあえずは中の説明話。
襖の向こうがまがき部屋になってます。
D.C.10(2008).10.20