遊廓妄想〜契約〜


間もなくエレベーターは階下に着き、再び受付へと戻ってきた
「ゼノン、契約書を出してくれ」
「決まったの?」
「でなかったら頼まんだろう」

ゼノンと呼ばれた受付の男は番台の下をしばらくごそごそやっていたが、そのうち番台の下に潜り込み、やはりごそごそやっていた
「どうした?」
「無いみたい」
「何だと?」
デーモンまで番台に回り込み、ふたりでごそごそ捜しだした

「…本当にないみたいだな」
「取ってくるから待ってて」
そう言うとデーモンとルークを残し、ゼノンは奥へと引っ込んでしまった

「まぁ、しょうがない。そうだお前、いつから働ける?」
「明日からでも大丈夫です」
「そうか。じゃあ明日の人魚の刻に来てもらう」

ふたりが降りてきたエレベーターの横には『関係者以外入るべからず』と書かれた扉があった
デーモンとルークが話しているところ、それがそっと開かれ一名の男が現れた
地味な色合いの着物から奉公人かと思えるが、その動作には下男にはない洗練されたものがあった

「清水さん、どこ行くんですかっ!?」
デーモンが気付き呼び止める
そこでルークもその男の存在に気付いた
「どこってタバコ買いに行くんだよ」
「予約の時間まであと一刻も無いじゃないですか!そんなの禿か新造にでもさせればいいでしょう?」
「未成年にタバコ買いに行かせられるかよ。大丈夫だって。着替えと髪結いくらい余裕、余裕。喋ってる時間が勿体ないから行くぜ」
デーモンの返事も待たず『清水さん』は行ってしまった
「今のは…?」
おずおずとルークが聞く
「清水さんだ」
それは解っている。会話内容からして遊魔の世話をする喜助、もしくは髪結いかと思われる
「もしかして清水太夫の親戚ですか?」

―――花街一の遊廓には傾城の大火と呼ばれる花魁がいるという
紅い紋様の、色の悪魔―――

さすがのルークも清水太夫は噂で知っていた
かの青年の顔の紋様も赤く、炎を連想させる
「いや、本人だ」
真顔でデーモンが答える
「冗談ですよね?」
仕事内容について真顔で冗談を言われたため、鵜呑みにはできなかった
「本当だ。彼が清水太夫。うちのトップだ。」
「え―――――っ!!!」
「そう驚くな。遊男なぞ珍しいものでもなかろう?」
デーモンの言う通りではあるが、清水太夫は女性だと思い込んでいたことと、当の太夫が陰間によくいる線の細い体型(むしろ自分よりも男らしい)では決してなかったためにルークには衝撃的であった



「デーモーン、契約書あったよー!」
紙の束を持ってゼノンが戻ってきた
その横には茶髪の遊男
「こいつが新しいやつ?」
遊男はざっくばらんな言い方でルークを指差した
「あぁ」
デーモンは短く返答し、「指を差すな」と遊男に注意する

「ルーク篁です」
「俺、ジェイル大橋。よろしく」
猫のような目を細めてジェイルがにぱっと笑う
「よろしく」
ルークもつられて笑った

「とりあえず契約書を書いてくれ」
「あ、はい」
デーモンに言われいそいそと契約書に記入していく
その横でデーモンとジェイルの会話が進んでいく
「デーモン、全部案内したの?」
「いや、初めてだと言うから一般の営業所だけだ」
「んじゃ、他は俺が教えていい?」
「働きながらでも十分だと思うのだが」
「庭は見せた?あそこの手入れもバイトの仕事でしょ?」
「だから働きながらでも十」
「ってことはまだなんだね。」
「あの…書き終わりまし」
「じゃ行こっか」

契約書の記入が終わったことをルークがゼノンに伝えるや否やジェイルがルークの手を取り歩きだした
デーモンが呆れた顔をするが誰も見ていない
先ほど清水さんが出てきた『関係者以外入るべからず』の扉の向こうへふたりは消えた

「いいの?彼純情そうだけど」
「止めても聞かんだろう」
のほほんとした表情のゼノンに対し、デーモンは渋い顔をしていた










最初はジェイルを関西寄りの発音で書いてました………
ムリ!!なんか不自然!!

D.C.10(2008).10.20