遊廓妄想〜洗い場に二名〜
夏の昼下がり
今日もルークは洗濯をしていた
洗い物が少なくなり、喜助(雑用係)も一名、一名とあがっていった
洗濯物が残り十枚をきった辺りで
「あとは俺一名で大丈夫だよ」
と残っていた喜助たちにルークが言った
「悪いな。じゃ」
「さんきゅー」
彼らは思い思いに謝辞を述べ、次の仕事へと取り掛かっていった
ルーク一名が洗い場に残された
これくらいすぐに終わるさとたかをくくっていたが、一名だけの洗い場は静かで時間の感覚が狂う
薄い小袖の一枚はまだ洗い終わらない
時間はそんなに経っていないはずなのに、ずっと洗っているような気がする
自分一名で残ったことをちょっと後悔した
なんでライデンは今日休みなんだろうとどうしようもないことを愚痴った
トントンとこちらに向かう足音が聞こえる
洗濯物の追加だろうか
もしそうだったら持ってきた喜助に手伝ってもらおう
そうすれば寂しくないね
小さな希望を抱きながら洗濯を続けた
「あれ、ひとり?」
低い声が聞こえた
「そーだよ。追加?」
振り返らずに聞く
「うん」
「よかったら手伝ってよ」
たいした願いでもないのになぜか緊張する
「いーよ」
声の後に近づく足音が聞こえ、すぐ横で止まる
ばらばらと下着などの洗濯物が降り、追って服を脱ぐ音がする
洗濯ついでに自分の服を洗濯することは珍しくない
しかし投げ入れられた橙の着物はどう見ても喜助の着る物ではなかった
不思議に思い隣を見やるとそこに立っているのはジェイルだった
風呂に入ってきたのか、全身がしっとりと濡れており、湯気がまだ微妙に上がっている
「い いいの!?」
余りにも意外で声が揺らぐ
「いーよ」
ルークに対し何の疑問も持たずにジェイルはその場に座り、石鹸水を吸った下着を取って洗いはじめる
ルークはそれを横見しただけで、彼をまっすぐ見ようとはしなかった
今まで何度か話を交わしたことはあったものの、二名だけになることにかすかな抵抗があった
初対面が初対面だっただけに、二名っきりになると落ち着かない
さらに自分の着物を洗い場に投げたジェイルは裸であり、ルークは気が気ではなかった
「何か、着ろよ」
なんとか声を押し出す
「そうだね……あ、忘れちゃった」
ルークは手の泡を洗い流し
「これ、着ろよ」
と自分の着物を脱いで渡した
「風呂上がりだから濡れるよ?」
「…いいよ」
「ありがと」
ジェイルは手の泡を落として着物を受け取ると、それをふわりとまとった
ジェイルの言葉と行動が軽く感じられ、ルークはなぜ自分の言葉と体はこんなにも重いんだろうと疑問に思った
しばらく無言が続き、洗濯物をこする音だけが途切れず続いている
「これ、マジでよく落ちるね」
「うん」
「あちこちで人気なんだって?」
「ま、まぁね」
「向こうのお茶屋も絶賛してたよ」
「ほんと!?」
「茶屋だから台所用のが欲しいって」
「じゃあ、今度訪問販売に行かなきゃな〜♪」
「結構稼いだんじゃない?」
「まぁまぁかな。でも俺三味線弾くからさ。維持費にすぐ飛んでっちゃう」
「三味線やるんだ」
「うん。遊廓で聞けるのとは全然違うんだけどさ」
「それでバイトを?」
「まぁね」
「石鹸売るのは?」
「あれは家業の一部だし。いっぱい売りすぎると家に取られちゃうから」
「でも、なんで花街にきたんだ?」
ジェイルの発した疑問にルークはしばし考えるようなそぶりを見せた
「うーん、売り言葉に買い言葉…って言うか…」
「売り言葉?」
「言われたの。夜の仕事とか花街絡みの仕事は時給高いからやろうかな〜って言ったらね。俺みたいのがそんな仕事できるわけねぇだろって。そんなこと言うならやってやろうじゃねーかって話になってここに来たんだけど、思ってたより楽しかった。来てよかったね」
ルークがにぱっと笑った
「それは良かった」
ジェイルもにこりと笑った
「でもおまえにそー言ったやつの気持ちわかるな〜」
「何よ、ソレ」
「俺だって思ったもん。こいつ、ちゃんと仕事できるのかな〜って」
ケラケラとジェイルが笑った
「ちゃあんとやってるでしょ?」
「うん 見なおした」
そこからお互いの興味のあることや街の話などたわいないことに会話は広がっていく
洗濯物が無くなっても二名はしばらく話していた
「こんなに話したのって初めてじゃない?」
「そ…うだね」
「俺、避けられてる気がしてたから嫌われてると思ってた」
「そ、そんなことないよ」
「最初のアレはまあ、おやくそくみたいなもん。誰にでもあんなことしてるわけじゃないからなっ」
「おやくそく…って…」
「あ、コレ返さなきゃな。着替えてくるから待ってて」
そう言うとジェイルは小走りで洗い場から出ていった
残されたルークは初対面でのことを思い出し、悶々しては律しようと一名でワタワタしていた
「」の羅列ばっかでスンマセン;;
ルークさんはあのときのことを思い出すと悶々するらしいです
だからジェイ氏と二名だけになると気まずくなるそうです
更新日
D.C.10(2008).10.31