遊廓妄想〜ルークとジェイル、そして鷹〜


「これ、持っていってくれ」
三階の台所から幾度目かの酒を渡され、ルークは二階へと降りた
浅い桶に張ったお湯に浸かった熱燗で、お湯をこぼさないように階段ではなくエレベーターを使った
二階の廊下を行くと、一つの部屋が開いていた
この部屋に予約は無かったはずである
戸を閉めようと近づくと、部屋の奥に放り出された腕が見えた
驚いて中を覗くと、畳の上にジェイルが転がっていた
何事かと敷居を跨いだ時、ジェイルがこちらを見た
起き上がるなり
「それ、ちょーだい」
とルークの持つ桶を指差す

「ちょーだい…ってこれ、あっちに持ってく…あぁ〜」
ルークの言葉を無視して、ジェイルは桶を取り上げた
「いーの、いーの。どうせいっぱいあるんだから飲もうぜ」
桶を抱え、お湯に浸かる徳利を一本取り出す
床に転がる猪口を拾い、そこに酒を注ぐと
「ん」
ルークに突き返した

ジェイルが酔ってることに今さら気付き、ルークは隣に座ると酒を受け取った


「あにさんはたま〜に仕事でもらってきた外来の珍品を持ってきてくれてさ」
「炎虫の籠に顔近付けすぎて、まゆしろの触角が燃えてー」
酔ったせいかジェイルはよく喋り、ルークは静かに聞いていた
そのほとんどが鷹とまゆしろの話だったが、こんなに喋るジェイルは初めてだった

「あにさんってすっげーいいやつだろ?」
けらけらと笑うジェイルに
「う、うん」
と若干引きぎみにルークが答える
「まゆしろもむちゃくちゃかわいいだろ!」
「う、うん」
「そんな二名が結婚するんだから当然幸せだよなー」
ニコニコと笑いながらジェイルが言う
ルークは何か不自然さを感じながらも
「そ、そうだね」
と当たり障りのない応えを返す
「…だから、祝うべきなんだよな」
一転してジェイルの顔が曇る
「でも、祝え、なくて……」
目が涙で潤んで
「二名とも大好きなのに…っ」
膝の上に落ちた

「やだ。一緒になるなんてやだ。そう考えてる俺もやだ」
ジェイルは持っていた徳利を一気にあおるが、飲むのが追い付かず盛大にむせた
それまでルークはジェイルの様子を唖然と見ていたが、苦しそうに咳き込む背中を慌てて、だけど優しく撫でた

少し落ち着いたところでジェイルは次の徳利に手を伸ばそうとする
これ以上飲ませるのはまずいとルークは思い、徳利の入った桶を足で押しやった
数本の徳利が倒れてお湯がこぼれる
「…気持ち悪い…飲ませろよ、飲んで忘れる…!」
それでも手を伸ばそうとするジェイルを押さえルークは言った
「飲んで忘れるってのはアリだけど、これ以上はだめ。へべれけじゃん。そんなの気持ち悪くて当たり前だよ」
そういう意味じゃないと内心で毒づきながらそれでもジェイルは桶に手を伸ばす
「当たり前だから、泣いていいんだよ」


伸ばされたジェイルの腕が降りていく
俯いた顔から涙が落ちた
「……ぅ、っく」
ジェイルはこらえるように泣いていた
ルークはその背を再び優しく撫でる


いつしかジェイルは声をあげて泣いていた


ひとしきり泣いたあと、ジェイルはルークの膝に頭を乗せて横になっていた
ルークはその小さく上下する肩に手を置いていたが、そっと頭を撫でた
あちこちに跳ねた髪は意外と柔らかく、ルークはしばらく髪を撫でては梳いていた


ジェイルの意識は夢と現の合間にあり、昔の記憶を夢に見ていた

一年前の、秋の日だ




鷹が来たのを知って、ジェイルは彼のいる部屋へと向かった
「いらっしゃーいv」
「おう」
二名の間にニコニコと笑顔の花が咲く

「まゆしろ待ってんの?」
鷹の隣に膝を付き、尋ねる
「うん」
鷹の表情は変わらないが、雰囲気が柔らかくなる
「座敷に出てるからしばらく来ないと思うよ?」
「待つよ」
当然のことのように鷹は言う
「…んじゃさー」
悪戯っぽい笑みを浮かべジェイルは鷹の側に座った
「その間俺と遊んでよ」
片手を鷹の膝につき、余った片手で服の合わせを少し開き肩を見せる
鷹の膝に付いた手を足の根元へと這わせながら、鷹に顔を近付けた

しかし頭を捕まれ、膝に押しつけられた
視界に鷹の腹が映った

「寝ろ」
上から降ってきた言葉は予想外だった
「お前、疲れた顔してるぞ。だから寝ろ」
…そりゃ、今日も5人くらい相手したけどさ…と内心で呟くが
「大丈夫だよ。だから遊んでよ」
と食い下がってみる
「俺は遊びで抱かない」
「俺は、本気だよ」
膝に頭を乗せたままジェイルは鷹を見上げた
「お前のことは弟みたいなもんだと思ってる。だからできない」
まっすぐに見下ろすその目に迷いはなかった

ジェイルはふぅ、と小さくため息をついた
この猛禽の悪魔は一途だ
いい男のくせに一途だ

「…身請けの話、ホント?」ぽそりと呟くように尋ねる
「知ってたのか」
「デーモンと話してるの聞いた。もう会えないなんてやだ」
「会えないなんてことはないさ。また遊びにくる」
そう言って鷹は優しくジェイルの頭を撫でた

ジェイルはもう何も言わなかった
彼の前で泣くのはみっともないと思い、目を閉じて鷹の武骨な手を感じていた


あにさんもまゆしろもひでーよなぁ
ふったのに、優しくするんだもん
…要するに俺はそういう対象じゃないってことだよな……

鷹の指摘どおり疲れは溜まっていたらしく、意識は溶けて流れだした










じぇいるはねむってしまった
るーくはしごとをさぼった

D.C.11(2009).1.26