Jack the Ripper 03


「綺羅、ナイフちゃんと届けたかなあ?」
家への帰り道、嘉凜はとりとめのないことを考えながら歩いていた。
‥交番まで一緒に行けばよかったかしら。朝の様子から、あのサラリーマンが犯人には思えなかったけれど、もし本当にあのナイフが犯人の物だったら…綺羅が危ないかも!
考えがそこに至り、嘉凛は今来た道を戻ろうと振り返った。

先程綺羅と別れた場所まで戻ってきた。
少し離れたところにある歩道橋が目に入り、足を止めた。
「……綺羅?……」
いるはずのない姿に驚き、体が固まった。

歩道橋の真ん中に綺羅は立ち、まっすぐ下の道路を見下ろしていた。
いつもの明るい笑顔と違い、冷たい無表情だった。
嘉凜はその表情に射すくめられたように動けなかった。
不意に綺羅の後ろに少年が現れた。まるで、空気から現れたように。
綺羅の真後ろに立つ少年が腕を振るう。
その手には、先ほどまでなかった大剣が握られていた。

金属音が響いた、気がした。

少年が振るった大剣を、振り返った綺羅は片手で受け止めた。
切っ先を受けているのは伸ばした右手に握られたあのナイフ。
力負けしているのか、右腕がだんだん曲がっていく
。 彼女を狙った大剣の刃も下へとずらされていく。
首の高さから腰の高さまで腕が/刃がずらされた。
綺羅が、後ろへと跳んだ。
歩道橋の手摺りを越えて、真下の道路に降り立つ。
膝を着いたがすぐに立ちあがり、歩道橋上の少年を見上げ、睨む。
次の瞬間、少年も手摺りを乗り越え、跳んだ。
彼は音もなく、フワリと道路に降り立った。
二人は睨み合ったまま、動かない。
ハッとして嘉凜は我に帰る。
「綺!!」
綺羅の名を叫ぼうとしたが、目の前を一台のトラックが通り過ぎた。
トラックが過ぎ去るのは一瞬だったが、綺羅も少年もいなくなっていた。

嘉凛はしばらくボーゼンとしていたが、意を決し道路を横切った。
そして歩行者に綺羅と少年のことを問う。
「車道に出てた子?ごめんなさい、見てないわ。」

「そんな子見た?」
「ううん。」

「歩道橋から飛び降りた?見られてたら騒ぎになってるわよ?」

…誰も見ていない?

綺羅がどこへ行ったのか分からず、途方にくれた。
しかし、向こうから走ってくる少年の姿に目が行った。
今朝出会った眼鏡の少年は、汗を滴らせながらすぐ近くの路地へと入っていった。
その顔は真剣だった。

「…」
もしかしたら、彼は何か知ってるのかもしれない。
嘉凜は少年の後を追って路地へと入っていった。

しかし走っても少年との差は開いていく。
「待って!!」
少年の背中に向かって力いっぱい叫んだ。

少年が足を止め、こちらを振り返る。
「あなた綺羅を追ってるの!?」
息切れの合間に質問をぶつける。
「綺羅が拾ったナイフ!あれ、サラリーマンが落としたんでしょう!?今日の綺羅おかしかった!あのナイフのせいなの!?ねぇ、何か知ってるのなら教えて!!」
少年との間に距離があるため、一文ずつ大声で尋ね、答えを待った。