遊廓妄想〜あにさん〜
夏祭りまでまだ二週間
しかし遊廓は相変わらず忙しい
予約にあぶれた者どもが祭り前でもいいから目当ての遊魔と遊ぼうとやってくるため、静かな夜の空とは対照的に下界は賑やかである
この日、ルークは受付にいた
予約を入れにくる客と遊びにくる客をゼノン一名では捌ききれず、いつもはサポートするデーモンも祭りの準備に忙しいため急遽ヘルプとして番台に座ることになったのである
しかし恐ろしいほどの混雑は無く、むしろ予約表を整理するゼノンの代わりに受付業務をこなしたり、ゼノンがばらまいた受付証を拾ったりするのが主な仕事であった
「あれ?ルークじゃん」
番台にジェイルが寄ってくる
「今日から夜も働くの?」
ルークは昼から夕方の間だけ働くことになっている
「や、祭りの一週間前まで。その後はずっと休み取らせてもらったから」
「祭り休み?」
「うーん、まぁ。四日目に俺、音楽イベントに出るから、その練習のために一週間くらい前から休ませてくださいってデーさんに言って、シフトも昼から夜に変えてもらったの」
にこにこと笑いながらルークが答える
「弾くの?」
「弾くの〜♪」
「いいなぁ〜」
「いいでしょ〜♪♪」
まだまだルークの笑顔は続く。本当に嬉しいらしい
「見に行ってもいい?」
「いいよ!」
軽々と返事を返す。許可の無い遊魔は外に出れないことは知っていたが、そこまで深くは考えていなかった
どうにせよ、ジェイルのことだからうまく誰かをひっかけて外に出てきそうだ
「こんばんはー」
低い声が聞こえた
店の入り口に一名の男が立っていた
鳶職のような引き締まった体の男だった
彼を見たとたん、ジェイルの表情が変わる
「久しぶり〜」
と男に走り寄る。その様子はまるで留守番をさせられていた飼い猫のようだ
「大人っぽくなったな〜」
と言って男はジェイルの頭を撫でる
「一年も立ってないから変わってないよ」
心地よさそうな笑みを浮かべてジェイルはされるがままにしている
「デーモンは?」
と男が訪ねると、ジェイルは「知らない」と短く返し
「知ってる?」
と番台の方へ顔を向けた
ゼノンもルークも「知らない」と首を振る
忙しい時期の彼の所在を把握することは実に不可能である
「まゆしろは?」
と男はゼノンに訪ねる
ゼノンは予約表をぱらぱらとめくり「座敷に出てるよ」と告げ、
「でも彼女メインの座敷じゃないので呼び出せるけど、そうする?」
と尋ね返した
「そーする。デーモンが来たら俺が来てるって言っといて」
何秒とかからずに男が返し、ゼノンも頷いた
「化け猫の座敷で宴会やってるから、ジェイル、鷹さん連れてって」
「はぁい」
ゼノンの言葉に微妙に語間を伸ばしてジェイルが応え、フロア奥のエレベーターに二名は消えていった
「鷹さん?」
ルークがゼノンに訪ねる
「うん、まゆしろのお客。五年くらい通ってて、店の遊魔たちからも「あにさん」って慕われてる珍しいお客」
「ふぅん」
とルークは相づちを打った
短い期間しか働いていないが、兄弟のように慕われる客は確かに見たことがない
「ついでに言うとあのジェイルでさえ飼い猫のように懐いてる珍しいお客」
「へっ、へぇ〜」
確かにあんなジェイルは見たことが無い
「ここ一年ごぶさたしてたけど…お金貯まったんだろうね」
「?」
「次来るときはまゆしろを身請けにくるときだって宣言してたから」
ジェイルは化け猫の間のふすまを5センチほど開け、中の様子を覗いた
小動物のような黒い瞳で、麿眉をした蛾の遊女を探す
ふわふわとした白く短い眉の彼女こそが「まゆしろ」という名の格子遊女で、ジェイルは滑り込むように彼女の後ろを取る
彼に気付き後ろにちょこっと傾けた顔に顔を寄せ、「あにさんが来たよ」と耳打ちした
その言葉を聞くと、彼女の顔色が変わった
座敷の客と周りを適当に確認し、いそいそと座敷を出ていく
隣合う遊女に「客」とだけ説明するとジェイルもこっそりと座敷から出た
廊下の、座敷からそんなに離れていないところで一年ぶりに再開した男女はきつく抱き合っていた
ジェイルは無表情で階段を降りていく……
遊郭妄想では名前付きで初のオリキャラですねぇ^^
D.C.11(2009).1.26